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2030.01.01

◆特別企画 淡路鉄道を追う◆

◆特別企画 淡路鉄道を追う◆
取材?内容はこちらにあります。
1966年(昭和41年)に廃止された淡路鉄道に関する話題と沿線の現在。
周囲の人の話とか昔の地図や写真を元に書いてますので、間違いもあるかと思います。お気づきのことがありましたらコメントをください。
特に淡路鉄道に関するお話ができる方、コメントをいただけるとありがたいです。特に駅周辺の話題、例えば「この駅の前にはこんな店があった」とか「こんな行事をやっていた」とか、後々に残していけたらと思っています。

◆参考リンク◆
鉄道遺跡めぐり はたやん氏のページ。淡路鉄道に関心を持ったきっかけです。このページなくして本コーナーなし。
淡路交通HP 淡路交通写真博物館 当時の写真があります。
南淡路電気鉄道 淡路鉄道が廃止されず、路線拡大して現在も続いているという楽しい設定で書かれています。

◆参考文献◆
下記はいずれも淡路島にある洲本市立図書館に所蔵されているもの。
1 『ひょうご懐かしの鉄道廃線ノスタルジー』神戸新聞総合出版センター編
2 企画展図録『淡路島の20世紀 海と陸の交通』洲本市立淡路文化史料館
3 『創立五十年並鉄道全通四十年の歩み』淡路交通社
このうち、2の図録は、淡路の交通の歴史・年表・鉄道各駅の当時と現在の写真など、基本的な資料がすべて載っているのでおすすめ。というか事実関係はこの本で大体分かる。
鉄道だけでなく旅客船やバスについても多くのページが割かれている。現在も淡路文化史料館で600円で購入することができる。
この他に、昔の淡路島の観光ガイドなどにも当たり前のように鉄道利用について書かれており、当時の雰囲気が分かって面白い。
また、昔の住宅地図も所蔵されているので参考になる。

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コメント

こんばんは。
ご無沙汰です。

運送業(事務職)に転職した結果、休日が前後にずれることがあり、今週は今日が唯一の休日です。明日(日曜日)から、新たな仕事の1週間スタートです。

さて、下加茂の駅跡が撤去され、隣接していた「もへいじ」も、同店駐車場奥に移転しました。

バイパスの舗装は、ここしばらく進捗がなさそうですが、近い将来つながることは時間の問題でしょう。

取り急ぎ。

投稿: はたやん | 2007.11.03 23:18

魚雷さんへ。
橋脚跡は確かにその場所にあります。
あと、貨物列車については、周囲の枠などは全て取り外された、赤茶色で全面に覆われた(おそらく運んで以降に塗られた)状態で残っているはずです。
平成15年10月4日(土)の「海と陸の交通」開幕日に、列車を配送した運転手の方が入館されていたそうです。
地元の方で写真をお持ちの方がおられるのではないでしょうか。

投稿: たけっさん | 2006.10.23 15:21

たけっさん様、貴重な情報ありがとうございます。
両方とも知りませんでした!
下加茂の橋脚はこのあたりでしょうか?
http://map.goo.ne.jp/map.php?MAP=E134.52.28.965N34.20.41.186&ZM=11

列車の方は個人宅とのことでここで特定するのはまずいと思いますが、車両が、南あわじ市に残っているもの以外にもあったのですね。驚きです。

投稿: 魚雷 | 2006.10.17 21:39

はじめまして。
鉄道遺跡の件ですが、洲本市下加茂の巽川の辺りにも
橋脚跡らしきものがあります。
場所はうどん「もへいじ」北側の四差路を先山方面に向かい、約200メートル進んだ最初の橋を川沿いに「もへいじ」 方面へほんの少し戻ったらすぐにあります。
あと、洲本市内(千草?ゴルフ場付近)の個人宅に     貨物列車があります。
ご存知かもしれませんか、お知らせします。

投稿: たけっさん | 2006.10.16 00:35

【鉄道】「さよなら、レールの面影」 廃線の淡路鉄道、最後の駅跡「下加茂」ホーム撤去(毎日新聞 2005/04/09(土))

◇ファンから惜別の声
淡路島唯一の鉄道「淡路鉄道」の駅跡として残っていた洲本市下加茂の 旧「下加茂駅」のプラットホーム跡が市道の整備事業に伴い、このほど撤去された。
鉄道ファンは「これで淡路鉄道があったことを伝えてくれるものがなくなった」と寂しがっている。

同鉄道は1922(大正11)年11月、宇山-市村間に開通、蒸気機関車と客車、貨車が走った。25(大正14)年6月には洲本-福良間の全線が開通し、戦後は電化して島の交通の足として活躍したが、66(昭和41)年に廃止された。洲本-福良間には17の駅があった。鉄道廃止後は駅舎は取り壊され、鉄道敷は道路に。
最近まで下加茂駅跡にはプラットホームの一部がそのまま残っており、ホームには雑草が生い茂っていた。

61(昭和36)年ごろ、下加茂駅で電車待ちをしていて、乗降客を撮影した写真を大事に保存している洲本市本町1、中華料理店経営、山崎一義さん(63)は「当時は既に無人化になっていたが、朝夕は学生や買い物客の乗降客でにぎわっていた。
鉄道廃止後はホームの半分ほどが取り壊されず残っていたようだ」と懐かしんでいる。

投稿: ぺんぞう | 2005.11.01 22:52

(昔とある掲示板に投稿した内容だが、備忘のため転記。)2004/03/13記す。
また路線跡を少し見てきた。
今回ははたやんさんのサイトにある例の自凝島の近くの車両を見てきた。ほんとは駅跡近くの忠魂碑を見に行ったのだが、たまたま近くのおじさんにお話が聞け、車両の所有者の方に話が通じて写真を少し撮らせてもらえた。
他にもそのおじさんの情報で三原中学の近くのうずしおライン沿いに定食屋(鳴門屋)に駅の写真があるということで行って話をしていたら、今度は洲本の「天津」というラーメン屋の方が淡路鉄道の写真を多数持っているとのことであった。
先の文化資料館の展示もその方の写真かもしれない。
場所は、旧洲本駅と検察や裁判所のあるあたりの中間。小さな神社の向かいとのことで、店内に鉄道の写真が多数あるそうだ。

投稿: ぺんぞう | 2005.10.31 23:06

(昔とある掲示板に投稿した内容だが、備忘のため転記。)2003/10/14記す。
下加茂駅付近の道路工事はずいぶん進んでいる。CATVでやっていたが線路付近では弥生時代の水田跡なんかも見つかった。
賀集駅付近も工事が行われている。御陵東駅~賀集駅の間の橋脚あとには本物の橋が掛けられ、賀集駅~国道28号線の間の路線あとは立っていた民家がなくなり、なにやら整地をしている。ひょっとしたら線路あとに道路を作るのかもしれない。

また、広田駅付近に残っていた火の見櫓http://www.awaji-kotsu.co.jp/photo/ori16.html
は撤去されたようだ。

投稿: ぺんぞう | 2005.10.31 23:01

はたやんさん、こんにちは。
前に「気休めのHP」としてリンクしていただいたものをリニューアルしたのがこのページです。実は(^_^;)。

洲本の文化資料館の展示が常設になったそうでうれしい限りです。今後ともよろしくお願いします。

投稿: ぺんぞう | 2005.09.03 01:07

はじめまして。
 「鉄道遺跡めぐり」作者、はたやんです。
 リンクくださり、ありがとうございます。

 サイト開設からしばらくは移動手段がスクーターだったので容易に移動・撮影できたのですが、ここ4年ほどは自動車に変わり、大きな変更も無く、むしろ1年前に開設したブログが中心になっています。

 写真で紹介されている下加茂は、近くまでアスファルト舗装が進んでおり、近い将来なくなりそうな予感がします。
 賀集と御陵東の間にある川には、橋台のみ残されていましたが撤去されたようですね。
 寺町・宇山間の潮橋は、昭和末期に現在の橋になった記憶があります。
 それまでは一般車両もバスも、洲本河口にある橋(左に兵庫県総合庁舎がある場所)から市街地に入っていました。

 よく見ないと分からないマイナーチェンジが続くと思いますが、これからもどうぞ宜しくお願いいたします。

投稿: はたやん | 2005.08.16 21:36

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